なぜ、演劇なのかを


「そちらの放課後デイでは演劇を活動の中心にされるそうですが、なんでですか?」と言う問いに、まず答えられなかったらダメだろう。


 このホームページを立ち上げるときに、そう思いました。でも、答えにくかった。経験的にも、感覚的にも「演劇はいい」と言えるのですが、ちゃんとした理由がわかりません。それがあるのは子どもの心の中で、目に見えないからです。


 自分ひとりでは太刀うちできないので、A先生に一緒に考えてもらいました。A先生は、私が2019年3月まで勤めていた特別支援学校で、共に演劇部の顧問をされていた方です。顧問歴は私の倍以上あり、演出経験も豊富なので、きっと答えをご存知でしょう。
そこで、私とA先生で座談会をひらき、当時を振り返りながら、演劇の効能を考えました。





ポイントは3つあるようでした。



1、自分をコントロールすることの簡単さに気づくこと

 自閉性の障がいがあると難しいと思いがちですが、演劇という手続きを踏むと、自分を簡単にコントロールできるようになります。


2、自分をコントロールすることの楽しさに気づくこと

 たとえば、車の運転が上達して、思い通りに動かせるようになると楽しくなります。そんなふうに、自分を自由に操縦することに自信がつき、余裕ができて楽しくなってきます。集団活動や、苦手な活動にとりくむことに、やりがいを感じるようになります。


3、ひととのつながりを意識できる


 ひとと一緒にいることを楽しみ、楽しさや充実感の体験を共有できるようです。


 

 

 

 実際の座談会の様子はこのあと収録してあります。詳しくお知りになりたい方は、続きをお読みください。ポイントに気づくまでの経緯と、演劇活動の雰囲気を感じ取っていただけると思います。
 

 


 障害のある方の自立は、心の難しさによってさまたげられる場合が多いように思います。
 心の難しさを解決する上で、以上の3点の特徴を持つ演劇活動はとても有効です。
 







 以下、座談会形式で、伺ったお話をまとめてあります。
 1時間のお話をまとめましたので、かなりの分量があります。



目次

座談会風景

O 放課後デイサービスるび 代表。
A ベテランの先生。

●演劇部の日常


O セリフ憶えるの早いじゃないですか。 
A うん。そうです。自閉傾向がある子はセリフを覚えるのが得意。 
O でも、初回に渡した台本を憶えちゃって、途中でセリフを差し替えると入らないっていう・・・、彼らのパターンですよね。 
A そうそう。なにかしら自閉チックな人はその特徴を持っている。自閉傾向と言えば、普段の会話からセリフっぽい子が入ってきて。 
O あ~。語尾までちゃんとしゃべるしゃべり方をしますね。 
A アニメのキャラクターになったり、違う人に変わったり、演じながら生活しているかのような人だった。急に新体操のリボンを、ピューとやってみたり。
O  CMのセリフをずっと話してる子もいるし。
A 唐突に、今日は私の為にありがとう! ってやりだして・・・。まわりから見たら不思議でしょ? なにしとんみたいな。だけど、本人は不思議がられてるとは思わず、普段から自分の世界にひたりきるっていう。勝手にやってたら変な子だけど、舞台の上でやったら素晴らしい人になるっていう。
O 舞台の上では、自分の役以外に急に変わったりしないですね。
A うんうん。
O そのあたり、普段はセーブしないのに、なんでなんでしょう?
A だからそれはひとつの、お話に入っている所やから。別のお話に入ってる自分は出てこないってことかな。なんででしょうね?
O 色々、不思議なんですよ。
A ずっと、ひとりごとを言ってる人もいるけど、演劇部の練習中も、本番も、ひとりごと言わなくなるでしょ?
O 私が役者をするときは、言うべきセリフが決まっていることがしんどいけど、逆に楽なのかな?
A かな。そうやと思う。自閉症全般の人は、自分でも演出が言うような内容のひとりごとを言ってることがあるじゃないですか。ここは小さくとか大きくとか。この人怒ってんねんで、とか。だから演出が、ここから声が小さく、だんだん大きくなってと、解説を加えて納得したらやってくれる。
O そうなんでしょうね。
A あやまるとき、大声で「ごめんなさーい!!」って言ったら、謝ってないでしょって。
O そう言うの、楽しそうに聞いてますよね。例えば大声で登場してきた怪物に女の子がなつくってシーンで、おどかすように「ヴァー!」って言うと女の子が怖がってなつかない。だから「あくびをしながら間の抜けた声で言って」と言うと「はい、わかりました」ってちょっとつかんだ、みたいなところが、えらい嬉しそうなんですよ。
A うんうん。
O 芝居をつけられるのが嬉しいっていうか。
A その人の場合は、本人に中にプランはなくて、でも、期待に応えたいみたいな気持ちだったんじゃないかな。
O 何をしたらいいかが分かって、正しい事ができる安心感? ちょっと難しい台本のときに、全部のキャラについて、このセリフはこういう気持ちで言ってるから、こういう風に言うって台本に全セリフの解説をつけて渡したら、芝居が変わったんですよ。ある子は、これを見て、ようやく何をしなければいけないか分かって、出来るようになったと言ってて。自閉があると文脈読み取ったりするの苦手だから、そこを書いてあげて、だからこうすんねんでって説明すると、納得できる。
A もうちょっと自閉が重い人は、ここは小さく、ここはハッと思って振り返るとか具体的な動きを細かく指示しないと出来ない人もいる。でも、細かくやることが本人は嫌ではない。
O 細かい所までつけて、つける時に理由を説明した方が出来ますね。ダンスみたいにパッパッパッとフリだけつけるよりは、こういう気持ちだからこうなるでしょ、と言った方がわかってもらえやすい。
A やっぱり納得する。体感してみて、相手役だってそうなわけで、やりとりが生まれた時にしっくりきてるのかな。どうなんでしょうね?
O どうなんでしょうね?
A 聞いたことなかったけど。
O 聞いたら返ってくるんですかねえ? 感覚的な問題なわけですが。
A 別の子なんかは全然変わってきてて、今はここはワーっと言わないといけないし、もっとここは落ちついて言わないと芝居が流れるやんって説明して、その段取りをつけてやって、出来たら、それが体感として入ったら、自分出来た! みたいにわかってきてるんじゃないかな。
O 例えば彼とかは、最初から比べるとどんどん伸びていったのが分かるんですが、あれって演劇の効果なんですかね?
A う~ん、要因は委員長になったからね。それで先生に鍛えられたかもしれない。
O 日常的にはそっちかもしれないですね。演劇部の中にいて変わっていくのは・・・?
A 変わっていったね。
O 変わっていきますね。
A だって何度言っても、戦いのシーンとか全然やったもんね。
O 剣で戦う殺陣で、体をピタッと止めることができなかったですね。
A 楽しいと思ってくれてるのかな、って思ってました。
O それがみんな、一回舞台を経験するとフニャフニャしなくなるんですよね。
A 最初はやっぱり恥ずかしさとか、どう立ちふるまっていいか分からないから、一回経験したら分かるようになるんかな。舞台に上がると、皆から見られる快感があると思う。
O 舞台に立つ快感ってどんなのですか?
A ウワ~、凄いね、とか言って貰えたりとか、自分が言ったセリフで相手が反応してくれたりとか、擬似体験のやりとりが嬉しい。
O やりとりがはじめの練習の頃はかみ合わない、芝居をつけていく中でかみ合っていく、本番前になるとすごくかみ合っていく、本番を重ねるとさらにかみ合っていくのはどうしてだと思いますか?
A 相手の気持ちがわかるようになってる?
O 練習の頃は気持ちがつかめてなくてちぐはぐで、やっていくうちに?
A セリフをおぼえていないうちはなんやっけ? と思い出すのに精一杯で相手のセリフを聞いてないけど、おぼえると聞くようになるんじゃない?
O 自閉の子はあまり人の話聞かないじゃない。でも、聞くようになる。間がよくなっていく。
A 次、言わなきゃとかあるし、その必要性の為に聞いてるのもあるけど。
O 最初、間が変なんだけど、だんだん良くなるのは、何度か同じやりとりをすると安心するのかな?
A 気持ちが乗ってきたら相手が言い終わる前にセリフをかぶせてしまったり、それは良いねん。女神の役の子、気持ちが乗ってきて、かぶせぎみに言ってしまうみたいなところまでできてた。それは上手な役者がそうできるってレベルの話で。
O 自閉の子は違うところに注意がいったりして、テンポがズレたり、会話にのれなかったりするけど、やってる内にスムーズになる。
A 合唱してるみたいになる、いいリズムになってくる。楽器のセッションみたいな感じになってくる。芝居のアタマからやりたいみたい。途中からやると上手くいかない。
O そうでもないですよ。慣れたらできる。確かに最初からやった方がキレイな場合もあるけど、シーンを繰り返して積み上げるって言う事も練習でできてる。このセッション的なやりとり、気の合う友達とのやりとりみたいな経験は、日常の中でもできているんでしょうか?
A 少ないと思います。あったとしてもパターンですよね。
O パターンですよね。
A 私たちも人のこと言えないけどね。
O 本当に、判で押したような会話をしていたりしますよね。一ヶ月前にしてた話を、全く同じセリフでしているとか。
A それが安心なんだろうね。
O そのパターンができると友達で、そのパターンがないと話ができないみたいな。複雑な人間関係が苦手でしょう? 力関係が上になったり下になったりすることはなく、一定の、同じパターンでしかこの人とは関係性を持たないような。
A それで、演劇をやると日常とプラスして、たくさんの経験ができる。
O 関係性が入れ変わるような芝居があったら良かったかもね。
A 1本やり終えて、配役を変えてやったら面白かったかもね。
O 練習で、配役を変えてやるの、皆さん楽しそうでしたね。
A そう。
O 姉妹の、姉と妹を入れ変えたり。
A 姉になったら姉になり。妹なら妹になり、よく分かってやっている。
O 急にやってもできてますよね。
A うん。
A せりふを覚えられないからじゃなくて、自信がなくて場面緘黙っぽい子や、どもっちゃうタイプもいますね。覚えているかの確認がとれないくらいの。でも芝居は、発話がなくても重度でも、舞台の上に立っちゃえばそういう子として受け入れられる度量の広さがあるから。演劇に期待するのは、そういう子の開放とか。達成感とか。



●できるようになること
「自分をコントロールすることの簡単さ、楽しさに気づく」


A ある子は衝動的な行動、手が出るとかから、ブツブツ言って自分を抑える事ができるようになっていましたね。すぐに人にくってかかっていたのが、「いや、そういうことじゃなくて」とかブツブツ言って。それは学年があがってゆく中での成長なのかもしれないけど。
O 演劇をすると、そういう成長がある感じがするけど、「じゃあなんで?」って言われると答えられない・・・。
A 人の人生を、登場人物の人柄を借りて気持ちを理解する場面を持てるじゃない?
O 人とつながった感があるってこと?
A 人の気持ちって分からないでしょ? 特に自閉の子とか、発達障がいの子とか。でも、セリフを読んでいって、この人はこう言ったから怒ったとか、それで悲しくなったとかがあったりすると、例えば本を読んだり、映画を観るよりも、実際自分がやって、体を動かしたり、声を出したりする演劇の方が、すっと入る。その、気持ちが・・・。
O それは強烈に、そうですね。
A 自閉の人の行動のパターンって、たとえば面接のときはノックをして、とか、対処療法的で使いまわしが効かないから、1回ずつこれはこうって覚える。芝居をやった数だけインプットできるんじゃないかな。
O いや、それより、先が予想できるようになると言うか・・・。
A 応用されるってこと? 相手のことを考えるようになる? 相手のことが理解できるようになる。
O 他者理解って言うと、また難しくなっちゃうから・・・。自分の気持ちが分かるようになる? 納得の仕方や、気持ちのおさめ方とか・・・。
A おさまってないよ。ブツブツ言ってる。
O ブツブツ言っても手は出ない。衝動性が軽減?
A ひとつのセリフを、ああ言ったり、こう言ったりする中で、自分の持ちパターンが増える? そんなことない? 大きな声を出さなくてもブツブツ言うことでおさめれるように・・・。
O なりそうな気がする。でも、なぜか説明できない・・・。他の子の事例で、たとえば自発性が出てきた例とか、あります?
A あ、それは・・・。どんどん声がでてくる子がいました。マイクをつけないと全然聞こえない声だった子が。
O 次の舞台では聞こえるようになってましたね。
A なんだろう、あのがんばりは。自信が出てくるんじゃないかな。人に見られることで。凄い劣等感の強い子だったけど、一般的な言い方をすると、根性がつくというか、堂々としてくる。
O なぜか根性つきますよね。
A 舞台に放り込まれると、誰にも頼られへんし、泣きたい気持ちやけど、芝居の時、その気持ちをおさめないと。泣く場面じゃないから泣けないでしょ。セリフで言わないといけないし、進んでいくやん。だからかな、日常の姿とは違ってましたよ。
O 確かに根性でてきましたよね。
A 根性でくくってしまうのはイヤなんやけど。特別支援学校の人達は、母親とか先生が助けてくれたりするけど。追い込まれたりせず育ってきたけど、それがポーンって舞台に放り込まれたら「やるっきゃない!」って腹をくくる効果があると思う。それは、練習の頃からあると思う。
O それはありそうですね。
A その役はその人しかできないし、気持ちで負けると、話が進まないから。
O  日常では気持ちのコントロールが難しい人たちですが、舞台の上では気持ちから逃げたり負けたりしないですね。
A 普段、感情の浮き沈みが激しい子どもでも、医療的なレベルでの難しさがあると言われる子でも、演劇部の顧問からすると「あの子いい子ですねー」みたいな所しか知らない。すでに演劇部の練習に来る時点で、腹くくってるっていうか、日常とは遮断して、やるっきゃない自分になって来るんじゃないかな。
O 確かにそれはある。この、部活と言うくくりじゃなくて、演劇をするにおいて役者に大事だと思うのは、背筋力があるかって言い方をしてたんですが。要は、自分の役を背負ってまっすぐ背筋を伸ばしてセリフが言えるかどうか、役として背負えるものがたくさんなほどいい芝居になるよって言うときの、背筋力がつくみたいな。



●できるようになること
「ひととのつながりを意識できる」


A 身体的なことで言えば、息を大きく吐く発声の違い。相手に届く発声をみんなしていない。自分の中だけでブツブツ言ってる。それが、相手に届く発声を求められるでしょう?健康的になると思う。
O 舞台の距離で話すことってないでしょうね。そんな距離感で話すことは苦手ですから。
A 日常やってる、相手に伝えようってことを、自閉の子は相手に伝わるように話さないし、ブツブツ言う。それが、相手に届く発声を意図的にするってことは、全く違うモードでやってる。自閉の子がやらない感じでやってる。
O それは大きいかも。
A セリフって、言い方があって、パーってたたみかけて、ポンと間をとって、このセリフをゆっくり立てて言うって、息づかいがとっても大事で、直接これを指導したことはないけど、セリフがうまく言えるときって、これがうまくいっている時で。
O こう、身体的な、息がどうこうじゃなくて、「相手に届かせる」ってことが大きいような気がする。相手のセリフを受けるって言うのも大きい。だって、閉じれない。
A そう、閉じたら芝居にならない。
O 演劇の経験者が芝居をはじめた人に、「それ、閉じてるやん」って指摘するのはよくあることだけど、特別支援学校で「閉じてるやん」とか「今、会話になってないよね」って指摘するのは実は特別なことじゃないですか? そこを求める、求めてましたけど。
A 会話になってないよね、って。
O 指摘して、会話を求めるとできるって、すごいですよね。
A 私たちの演出のやり方って大分違うけど、気持ちを伝えて出来る子もいるけどできない子もいるでしょ? 形から入って、気持ちがついてくる。私の担当した子はそういう子が多かった。こういう風にして泣くねん、とか、笑うねん、とか。そう言うところから身につけるというか。だからどんな人にも演劇やって欲しいなって言うか。体験してください。



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